Battle on the battlefield

 ――夢を見ている。

 その夢で俺はオレより十歳くらい年上の青年で、剣を持って戦っている。
 相手はオレと同じか少し年上の女の子。充分に少女と言えるだけのか弱さを持った彼女はけれど、強い意志を持って青年オレと戦っている。
 双方共にちょっと信じられないくらいに真剣だった。
 それは、互いに真剣を持っているから一歩間違えれば死んでしまうとか、相手が自分を殺そうとするから自衛のために緊張しているとか、そういう受動的な――状況が生み出している真剣さではなくて、青年も少女も確たる信念みたいなものを持って積極的に相手を排除しようとしている。
 戦いのルールは至って単純。
 ・結界の中で
 ・《ブレイド》と呼ばれる武器と
 ・魔力特性マナカラーと呼ばれる指向性を持った魔力を変換することで得られる魔術で以って
 ・相手を殺すか、証明を壊すか、屈服させること。
 殺すというのは再起不能にさせるということでもいいみたいだが、まあ、なんにせよ物騒なことにかわりはなく。
 それゆえに二人の剣戟は苛烈を極めていた。
 人間業ではあるまい。秒に五撃を数え、そのことごとくを完全に防ぎ切る。
 通常ならば視認さえできないはずのそれは夢のせいか、あるいは青年の目を通すからかとてもゆっくりで、充分にオレでも見ることができた。
 青年が持つ剣――《ブレイド》は一般的な西洋剣ブロードソードで、少女が持つものは変わった短剣だった。
 刀身は四十センチくらいの扇形で、弧の部分に柄が付いている。弧の両端を結んだ弦はおよそ十五センチ。刀剣の、それも短剣ともなればかなりの幅広で、幅の広いブロードと言うならこちらのほうがふさわしいだろう。特徴的なのは弧から剣先に向かって等間隔で彫られた五本の溝。
 オレが知っているものとはデザインが少々異なるがこれは五指短剣チンクエディアと呼ばれる、実戦よりは儀式に使われた装飾剣だ。
 そんな、本来ならば使わないはずの短剣で少女は青年の猛攻を完璧に防御していた。顔には余裕さえ感じられる。
 一方で青年のほうは苛立っていた。どうやら剣技だけで押したかったようだが、それは彼女のほうが上。
 ゆえに――
「!!!」
 異常に気付いた少女が間合いを開ける。だが遅い。
 青年の放つコレは紛れもなく――必殺!!
「ハァッ!!!」
 それは電撃。文字にすれば陳腐だが、人を殺して余りある一撃。光速で至るそれは躱す術などなく、防ぐ道理もない。
 それが彼のブレイドに込められた力。
 回避あたわず命中した少女が煙に包まれる。勝負はここに決した。
 だから青年がそれに気付いた時にはもうすでに手遅れだった。
 電撃を放った後の体勢から体を動かせない。隙だらけそのままの姿勢。そこで体が停止してしまっている。
「グ……!!!」
 命中し、爆煙を上げているはずの少女は悠然とその煙から姿を現した。
 そう。電撃を受けて爆煙が上がるなど御伽話の世界のことだ。だからそんなものが目に映った時点で防がれたと判断すべきだった。
 青年が《ブレイド》の力を使ったのなら少女とてそれは使える。
 《ブレイド》一つに対して能力一つ。それがこの戦い。
 それを失念した青年に勝利はない。
 まして――
魔力特性マナカラーも扱いきれていないようじゃね」
 少女は水に覆われている。否、こちらから見ればそう見えるだけで実際には盾となって彼女から電撃を防いだのだろう。おそらくそれが彼女の《ブレイド》の力。
「さて、わたしはあなたと違って相手を殺す気はないから、このまま痛めつけるなんてしないけれど」
 チンクエディアが一振りされる。
 呼応して盾から一本、触手のようなものが伸びて青年オレの首に巻きつく。先端は口元に。
 青年の恐怖がオレにも伝わる。ぞわりと背中があわ立った。
「わたしのマナカラーは《静止と流動》なの。静止の効果はわかるわよね? そうやって動きを止めるの」
 勝者の余裕か微笑んでさえいる。
「流動のほうは……」
 また一振り。
 首に巻き付いた触手が螺旋状に回転した。首の皮が削られる。チリチリと痛む
「とりあえず相棒を呼んでもらえるかしら?」
 疑問形でありながら有無を言わせぬ口調。
 青年はパートナーである天使の名を呼ぶ。――叫ぶ。
 しかし一向にソイツは現れない。が、少しして声だけ響いた。
「なんでしょう?」
 やる気のない気だるげな声。中性的で男女の区別はよくわからない。
「こ、降伏しろ!」
「お断りします」
「なっ!?」
「最初に申し上げた通りわたくしたちは『監視者ウォッチャー』です。理由のない限り降伏はいたしません」
「理由ならあるだろ!? 僕は捕まってしまってもう戦えないんだぞ!? お前たちが戦えないって言うから僕が代わってやったんだろうが!!」
「しかし動けずとも相手を打倒する手段はあります。あなたも彼女と同様、魔術を使えばいい」
「ど、どうやって!?」
「今更それを聞きますか。ですから申し上げましたでしょう。魔術を使うことも視野にお入れくださいと」
「僕の《ブレイド》は無敵だと言ったのはお前だぞ!!」
「扱いを間違わなければ、とも申し上げました」
「キ……貴様ァ!!!」
「それに。降伏に関しましては、わたくしは一切するつもりはございませんとも申し上げました。それをあなたも了承したはずです」
「な……っ!」
 自分の剣が無敵だと無邪気に信じられたからだ。オレに言わせれば浅慮なだけだが、それは青年の天使も思ったことだろう。なんにせよ二人の間にパートナーシップのようなものはないようだった。
「とにかく死ぬまで戦ってください。わたくしからは以上です」
 それで後に残ったのは沈黙だけだった。
「ふぅん……だってさ。どうする?」
「ま、待て! 話せばわかる! な!?」
「ふふ……冗談よ。さっきも言ったでしょ。殺す気はないって」
「じゃ、じゃあ……!!」
「ええ、そこでわたしがあなたのパートナーを捕まえるまで凍ってなさい」
 言って彼女は去っていった。
 数分して青年のパートナーが捕まり、青年の前には一冊の本があった。
「あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 絶望の叫びだが、どうにも鬱陶しい。
「これを壊せばわたしの勝ち。何か言い残すことはある? もしお願いがあるなら聞いてあげなくもないけど」
「貴様ッ! 貴様ァ!!!」
 青年が動揺する中でオレはその本を注視する。緑色の表紙をしたそれは革張りの百科事典のようにごつくて重そうで、異様だった。
 具体的に異常があるわけではない。ただ、見る者を圧倒すると言うか威圧すると言うか目を逸らしたくなると言うか。
 あれがこの戦いの全てなんだと理解した。
「じゃ」
 言って少女は短剣を振り下ろした。本の真ん中に突き刺さる。
 その突き刺さった箇所から次第に光になって消えていって、数秒で完全に消え失せた。
 その後を追うように青年の天使も消えていった。憮然としたまま青年には見向きもしない。最後まで仲の悪い二人だった。
「あ…………」
「さて。コマンドは消えたし……あとは《勝者は敗者に勝利する》だったわね。まあ、言うまでもないことだけど」
 それは青年に言い聞かせるためだけの言葉。
 ここでオレは初めて彼女が髪の黒い、ボブカットにした快活な娘だと気が付いた。本来ならこんな血なまぐさい戦いなんて毛嫌いしそうな、清清しい女の子。
 青年オレはそんなことどうでもいいらしく、負けた悔しさか、現実逃避か微動だにしない。
「もう、この戦いのことは忘れて今まで通りの暮らしをしなさい。あなたがなんでこんなことに首を突っ込んだのか知らないけれど、似合わないわよ」
 それはオレも言いたかった。このバカにではなく、目の前で優しい目をする少女に、だけれど。
 しかし残念ながらこれは夢で、オレは神園維遠じゃない。
 青年が意識を失うのと同調するようにオレも自分が覚醒するのを感じ取った。
 どうやら目覚めの時間らしい。
 それでこの夢をざっと顧みることにした。
 ――なるほど。
 戦闘でありながら死の危険を感じなかったのは。
 夢だからではなく、彼女に殺意がなかったかららしい。
 それで少し安心した。そんな戦いもあるのだと――殺し合いだけが戦いの全てではないと知れて良かったと。
 どこか浮ついた心のままでオレは目覚める。

 ――そんなものは夢でしかないのに。

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