天使同士の戦いに物理法則など通用しない。
正確には物理法則を通用させることこそが彼女らの戦いの本質である。
それゆえに。
「はッ!」
「――――……」
物理法則を無視することのできない維遠の体を抱えたままのゲフィユルは、互いの実力差以上に苦戦していた。
本来、お互いに傷つけられるのは己の体と己を預けた剣のみ。それだけが、この世界の物理法則に囚われない、ただ二つの要素だからだ。
その超越的な存在に肉薄するために《ブレイド》が存在するのだが、《ブレイド》がこの世界の物理法則に囚われる存在のための剣である以上、《ブレイド》もまた物理法則に囚われる。
結果として、天使という城に立ち向かう《ブレイド》は、そこに至るまでに物理法則という越えがたい城壁を越えねばならないのだ。
そしてそれを越えるには――
「フン」
赤い剣風が疾走する!
「――クッ!」
鞘付きのままの刀で弾き飛ばす!
――城から放たれる砲弾を処理しなくてはならない。
現状、ゲフィユルはみかんに一撃たりとも入れられてはいない。むしろ防戦一方で、いつ撃墜されるかわからない状況だ。
そう。
天使に戦いを挑むことは攻城戦を単独で、それも正面から仕掛けることと同義だ。
否、一国を相手にすることと同じだ。
通常では勝負にすら、戦争はおろか戦闘にさえならない。それでも戦っていられるのは維遠が優秀な《ブレイド》であり、ゲフィユルの愛刀が優秀な天使兵装であり、ゲフィユル自身が優秀な天使だからだ。
そしてそれ以上にみかんが手を抜いているからだ。
理由は不明。単純に高出力制御ができないのか、そもそもこれが出力の限界なのか。
ともかくも、彼女はこの戦闘に対して消極的だった。
「…………――」
ぎり、と歯噛みの音が漏れる。
ナめられている。
たしかに物理に依存するこの体は厄介だ。枷と表現するにふさわしい、彼女から自由を奪うものである。
しかしそうだったとしても、手を抜かれるいわれはない。
愛刀を居合いのようにして構え、振り抜く。
視野内すべての空間に衝撃を与える。ダメージは与えられなくとも牽制にはなる。
「――――――」
「………………」
視線が交錯する。一方は強い意志を持って、他方は曖昧なままで。
前者がゲフィユル、後者がみかんだ。
「解せないわね」
ぽつりと言った。剣先を下ろして、隙だらけの恰好で。
「この程度なら維遠のほうが幾分、いい戦いをするわ。彼の一撃は悉くが迷いと惑いと躊躇いに満ちているけれど、その事実をきちんと飲み込んでいるもの」
「わたしが迷っていると?」
「というよりは悩んでいる、という感じかしら? あなた――本当にわたしを殺す気があるの?」
純粋な、無垢な幼子がするような、純然たる疑問の表情をその顔に載せて、小首を傾げるその様は、ここが戦場でさえなければ愛らしいの一言で済ませられたろう。
だがここはれっきとした戦場だ。その表情はとどのつまり、嘲りであり、挑発でしかない。
「殺意があるか? だと……? 貴様……ッ」
「己の心の在り様を問われて激昂するのは未熟の証よ、ゲフィユル。維遠の意図も、あなたの意図も知らないけれど、その程度の覚悟なら維遠と代わりなさい。いくらわたしでもあなただけを殺すということは難しい。どうせなら潔く決着を付けたいもの、維遠とは」
「…………――。維遠、負担をかけるぞ」
言うや、彼女の背に変化が起きる。
彼女の天使たる所以。つまり、大きな翼。身の丈ほどの大きな、漆黒と見紛うほどの深い、藍色の翼。
一つ、大きく羽ばたき、羽が舞い散る。
「――……一閃!
天剣震雷!!!」
半透明の無数の剣が球状にみかんを取り囲み、一度に刺し貫く。
この瞬間。
たしかに彼女の、ゲフィユルの一撃――否、彼女自身が物理法則を越えた。
それゆえにこの攻撃は必ず中る。だが。
「――グァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
それは維遠の限界をも超えることを意味する。
そしてその超過分の代償が、彼女の体を貫いている。
少なくともこの魔術――
天使降霊と名付けられた、ゲフィユルを顕現させるための魔術に限れば、維遠の限界を突破した分の代償はゲフィユルが支払うことになる。
なぜならば、この魔術を望んだのが、他ならぬゲフィユルだからだ。
むろん、維遠とて彼女の助力は必要だった。だが、それは無理に彼女を召喚せねばならないほど差し迫ったものでもない。彼女の技、記憶、能力、そういった彼女の一部分を再現するだけで、充分とは言えないが事足りる。否、彼女を丸ごと召喚するというのはあまりにもリスクが高いのだ。
それでも敢行したのは彼女が、ゲフィユルが強く望んだからだ。
決着を付けるのならば自分の手で、と。
「――――……ぅ」
体を抱え込み、今にも倒れそうになりながら、鋭い視線をみかんに送る。
喰らわせはしたが、あの程度、みかんにどれだけ有効かわからない。最悪、当たったふりをしてノーダメージ、などということも考えられる。
散発的に爆ぜる光が薄れていく。
果たしてそこにはほんの少しだけダメージを受けたみかんがいた。
否、それよりも大きな変化がある。
翼。
左側に伸びるのは《夢幻》でも見せた真っ白な翼。
右側に伸びるのは鮮血に染まったかのような真っ赤な翼。
「真紅の翼を未だに保持しているとは……」
それは罪人の証。大罪を犯したものにだけ彫りこまれる、血の制裁。
殺しを犯したものはそれほど多くはないが、それでも大抵はその翼を捨て去る。己の犯した罪の記憶とともに。
そうやって罪を犯した天使たちは人になるのだ。
だが。
彼女は、もはや星が生まれて消える以上の年月を経ながら、未だにそれを持っていた。
「当然ね。忘れるなんて、私が許さない」
誰よりも自分自身を罰するように、告げた。
「それでも。こんなくだらない殺し合いは止めなきゃいけないのよ」
「そのためにこの戦いに勝つと?」
「それ以外にわたしに理由なんてないわ」
「だったら! わざわざあなたが勝利せずとも!」
「わたしのせいで始まったんだもの。わたしが始末を付けるのは当然でしょう」
赤い剣を振るう。ひゅん、と軽い音がする。
「勝ってわたしは消滅する。過去も、現在も、未来も変わることはないけれど。わたしは死ぬことなく、此処から消えてなくなる。それで、このくだらない戦いは終わるし、わたしが犯した罪も抱えて逝ける」
「そんな……」
勝者など誰もいない戦い。確かに、この《戦い》、いや、あらゆる戦いに勝者などというものは幻想でしかないだろう。
だからと言って。
「そんな事はさせない! わたしが勝って! あなたを殺して! あなたを殺した罪を背負って終わらせる!」
「いいえ。それはあなただけが背負えるものじゃない。維遠にまで背負わせるなんて、そんなこと、絶対にさせない」
決然と。意志を燃やした碧眼で。
剣を構えてみかんは言い切った。
「あなたの命はわたしがもらっていく」
「――――――。……いえ。そんなことは維遠だって承知している。いい加減あなたは眠るべきだ」
応えてゲフィユルも刀を構えた。
つまるところ。
二人とも相手を気遣うばかりでその気遣いの方策を間違えていることに気が付いていない、ただそれだけのこと。
だけれどここには彼女らを止めるものはおらず。彼女らは止まることを知らない。
ゆえに。
天使同士の、物理法則を越えた戦いは、始まるしかなかった。
‡
――ソイツのナレノハテなのさ
限界の向こう側で。
姿も概念もない、ただ認識だけがある世界で、そいつはぼんやりと言った。
「異常があるとすればアイツのほうさ。星々の記憶すら薄れるような悠久の中で自分を保つことがいかに難しいか。たかが百年の時間も憶えていることのできないお前さんになら少しは理解できるだろう?」
ほんの少しだけだ。この宇宙が百五十億年前に生まれたとしたら、その前から彼女はずっとその罪を背負っていた、と。
「罪だけじゃない。痛みもだ。己をあらゆる意味で分解するかのような激痛に苛まされながらアイツはこの戦いをずっとずっと繰り返し見続けていた。いつか許されることも願わず、終わりさえ望まず、ただその手で終わらせることだけを信じて」
許しを請わなかったから彼女は許されなかったのか?
「許しを請う相手がもういなかっただけさ。いたところで憶えていなかったろうが」
……義理堅いことで。
「まったくだ。イヤんなるぜ。アイツのやせ我慢にも、自分のバカさ加減にも、な」
むしろ、それだけ続けて今まで終わらなかったことのほうが信じがたい。
「見る目がねえのさ」
失礼な。彼女は俺を見つけたさ。
「言うようになったな」
言うさ。そのための力はなんとか身に付いた。
「そうか。ゲフィユルの時間稼ぎ……まあ、ヤツはやる気満々だったろうが」
ああ。なんとかなった。あとはタイミングを計るだけ。なあ、ゆ――
「おっと。その名はヤツにくれてやれ。もう別人になっちまったコッチにゃもったいねえよ」
いいのか? 結局、お前には名を与えてやれなかったけど。
「いいさ。ヤツを掬い上げたのはお前さんで、アイツを助けたかったのはヤツだ。磨耗しちまった武器は無銘・無名のまま朽ちるのがスジってもんさ」
――――――
「悲しそうな顔すんなよ。なんの犠牲もなしで戦いを終わらそうなんざ虫が良すぎるってのはさんざ話したろうが」
……そうだな。すまん。
「謝るなよ、相棒」
ありがとう。
「礼言うトコでもねえよ、相棒」
どうせえっちゅうんじゃ。
「人器一体こそが武器を扱う者の極意。その境地に至った我らに」
概念は不用で不要か。
「そういうこった。なに、コッチは少々カタチを変えるだけさ。――なにも変わらん」
――そうだな。それじゃ。
「ああ」
決着の刻だ。
‡
天に程なく近い場所。
甲高い金属が連続で響く。
赤と黒の武装が織り成す音楽は聞く者の心を奮わせるだろう。
それを聞き取ることができるのならば、だが。
演武の曲を奏でるゲフィユルの手数はすでに万を越えて久しく、億に届こうかという数に達している。
一方でみかんは一撃一撃が必殺のそれであり、ゲフィユルの攻撃の合間合間に、鋭く斬り込んで来る。
拮抗というにはゲフィユルが不利だった。
手数で誤魔化してはいるが、その気になればみかんは多少のダメージを無視してでも止めを刺せるだろう。それをしてこないのはゲフィユルの内部に微妙な変化を感じているからだ。
つまり――
「結局のところ、相手は維遠なのよね」
刀ごと押し返して間合いを離す。
離れたタイミングでカマイタチが飛んでくる。それを気合だけで弾いた。
「チ……」
ギアが上がっている。時間が経てば経つだけみかんは調子を上げていくだろう。対してゲフィユルはタイムリミットが迫る。
――代わったろか?
「やかましい。わたしが決着を付けるといっているだろう」
――あと二分ってトコやな。それ以上は俺が限界や。
「………………。わかった」
頷きで返して、刀に力を込める。
「幕引きと行こう、ミヒイェル様」
「ご自由に」
答えて剣を構える。
それを見届けてからゲフィユルは動いた。最後の彼女の姿を焼きつけて。
仕込みは充分。これまでに放った全ての攻撃が一度に奔る。
「――神閃!!
天武天剣!!!!!!!!!!!!!」
この刹那、時間は無限に引き延ばされ、永遠に続く攻撃がみかんを襲う。
《天剣震雷》の無数の斬撃に加え、それ以降に放ったあらゆる――みかん自身が放ったものさえ――攻撃が、みかんに殺到する。
固有の技を取得していない、みかんではできない芸当。
ただの一兵卒だったからできる、絶対不可避の剣。
いつか使った、彼女を捕らえた絶技。
それ、を。
「舐められたものね、わたしも」
悠然と受け止め、構えた剣を振るう。
そんなもので止められはしないのだと。
その目と微笑と、なによりもまとう雰囲気が、告げていた。
無限に続く攻撃が彼女を傷つける。体のあらゆるところから血を流しながらそれでも剣を振るい続ける。
何かを切り裂くように。
「――――しまっ……」
「それがあなたの限界。維遠という人間に縛られる、物理現象を素直に受け容れてしまうあなたの限界」
そう。
天使に物理法則は通用しない。
ゆえに。
彼我の距離に意味などありはしない。
振るう剣の大きさに意義などありはしない。
流れる時間に前後などありはしない。
つまり。
みかんはどこで剣を振ろうとも、対象に必ず当てられるのだ。
「グァ……!!」
肺腑を貫き。
脳天を貫き。
心臓を貫き。
存在する全ての急所にみかんの剣撃が穿たれる。
揚力を失ったように、墜落する。
――どこへ?
あらゆる箇所から失血し、命が失われてゆく。
――まだ生きている?
茫漠とした意識は体とは逆方向、空へ。
――ワタシは。
ゲフィユルは大地に激突し、土煙をあげる。
「………………わたしが言うのもナンだけど」
呟き。
驚きはもうない。ただあまりに不可解な事実が不愉快なだけだろう。
「どうやったらその痛みに耐えられるワケ?」
「別に? お前が耐えられんやったら俺もできるかなって」
立ち上がり、見上げて答える。
「ギリギリ一杯まで待ったけど、やっぱアカンかったか」
「ゲフィユルがわたしを殺すのを?」
「俺としてはその半歩手前を期待してたんやけど」
――……道理であと一歩が遠いと思ったのだ!
「それは由姫のせいやろ。俺はちゃんと降霊しましたぁ」
「……由姫?」
「げふぃゆる? の名前。ちゃんと発音できんから名付けた」
「――――――」
「まぁ、そういうこっちゃ」
半笑いで手にした《ブレイド》を示す。
「俺がコイツに名前をやらんかったんはコイツの中の人格のほうに名前付けたったから。ま、それがコイツのお願いでもあったしな」
「それがどういうことなのか」
・・・
「わかってるよ? みかん」
「――――――。……じゃあ」
「罪人かどうかはともかく。なんかあるんかなぁ、とは思ってた。天使とか悪魔とか魔術師とかって、名前にすら意味っつうか、呪いっつうか、そういうの信じるやん?」
西ノ宮命霞。ミカ=ニシノミヤ。
逆に読めば――『闇の死に神』
「日本人にしか通じへんけど、要するにそういう風に名乗ってるんやろ? それぞれの言語で、それぞれにマイナスのイメージになるような名前。そもそも『命が霞む』って縁起悪いしな」
だから現実で初めて出会ったとき、維遠はあだ名で読んだ。なるべく、イメージがぶれるような、それでいて
名前を崩すような。
「それが良かったんかどうかは知らんけど。結果的に俺は由姫と出会えた。由姫のやりたいことも聞いて、お前のやりたいことも想像できた。せやから――」
「維遠も願い――いいえ、目的ができた。わたしを助けるという目的が」
「んー? ちょっと
違うな」
にやりと、見せつけるように。
「一番最初。《夢幻》で
会うたときにお前が言うたんやんけ」
「――?」
「『守ってほしい』て。お前が抱える罪悪感とかそーいうんはお前が人生賭けてどうにかするもんや。俺は知らん。まあ、そういうんからも守ってやれたらエエんやろうけど、俺には無理や。せやから――このわけのわからんシステムからは守ってやる」
無名の刀を構える。
「ただの一目惚れや。恥ずかしいから言いたないけど。俺が《夢幻》で最初に選択迫られたときに死なへんかったんは惚れた女に殺させたなかったからや」
みかんから目を逸らさずに言い切ったが、言ったあとは無理だった。目を逸らす。
「………………………………………………………………………………………………バカ」
「なんで!?」
罵倒された理由がよくわからない。
「なんでこういうタイミングで言うの!? バカッ!!!」
「効果的かなぁと思って」
「バカァ!!!」
ひゅん、とカマイタチが飛んできた。
紙一重で躱す。
「あっぶな。まあ、予想以上の効果でビックリなんですけどね?」
「ふん。維遠がわたしを好きでも手加減する理由なんてないわ。この罰を終わらせるにはわたしが死ぬしかないんだから」
「うむ、否定はしない」
「――――――。不可解ね」
「わかり合えるなんて幻想ですよ」
「もっとシステマティックな話よ。維遠にわたしを殺す気はないのでしょう?」
「ないな。覚悟とかそういう次元の話でもなく、ないな」
即答する。
「じゃあどうやってこの罰を――《戦い》を終わらせるの?」
「お前を殺してやろ」
「……………………」
ひゅんと赤い剣が鳴った。
「レトリックの矛盾なんぞに腹立てなや。どーでもええやろ、そんなん。お互い相手殺して決着付ける。それで全部やろうが。妥協すんなボケ」
「よく言ったわ維遠。全力で、跡も残さず殺してあげる」
「おう、そうしてくれ。できれば即死できるように」
居合いの要領で構えたまま維遠は動かない。
「悪いけど俺は由姫と
違て後の先やから。先手はやる」
「そ。じゃあ――さよなら、維遠」
構えも何もなく振り上げる――!!
――――
魔力特性行使開始。
それはただ生き残るためだけに特化した特性。
『
我思う。故に我在り』を体現した、無限の、夢幻の、思考、試行、志向。
他者を隔絶した絶対の主観。それが《認識と実在および不在》という
魔力特性だ。
弱い相手にならば――たとえば飯田のような――幻術としても作用しえるが、本来は維遠本人に対してのみ効果を発揮する。
自分自身を騙した結果として他の誰かも騙されうる、というだけの、とても儚く脆い特性の魔力。
それを。
――なぁに、お前さんは充分強い。きっちり最後までやり遂げな。
名も無き剣が強化する。
顔面を貫いたはずの一撃が弾かれる。
「!!!」
さすがにみかんにとっても驚愕だったようだ。
当然だ。ゲフィユルですら防御できなかったものを、ただの人間が防いだのだから。
けれど。
「俺ももう天使の端くれやからな。これくらいはできんと」
ゆっくりと歩を進める。翼のない維遠には見えない階段を上がることしかできない。
「ば……!!」
みかんの攻撃を弾く。弾く。弾く。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。
あと三歩。
「みかん」
呼びかける。
あと二歩。
「遺言は?」
欠片も笑わずに。
あと一歩。
――攻撃が止んだ。
すらりと刀を抜く。
否、そこに刀身などない。
見えない、のではなく、ない。
なぜならこの刀は鞘こそが真剣。
寄生した《ブレイド》を鞘とする、使い手の意志と剣の意志でのみ、斬、不斬を決めるという、
天使兵装だからだ。
そんな刀から
刃を外した意味はただの一つ。
あと零歩。
――すなわち、維遠自身の意志でのみ、斬るという決意。
「好きよ。愛しているわ、維遠」
「ああ。俺も」
存在しないはずの刃が――みかんを斬り裂いた。