Intermission

「やっぱり納得いかないわ」
 そう言うみかんを見たのは今朝――すでに就寝していることを考えれば昨日の朝と同じく《夢幻》という空白の空間だった。
 ただ今回はあずま屋のようなものがあって、そこに座っている形だ。何もない空間に立つよりは気楽だが、どうせならもう少し部屋のような形にしてほしかった。見渡す限り何もないのは気持ち悪い。
「なにが?」
 納得いかないのはこの唐突な召喚のほうだが黙っておくことにした。ここでのイニシアチブは完全に彼女が握っているのだ。余計な反逆は死を招く。
「維遠もさっきの対戦相手も、よ」
「どのあたりが――ってまあ俺のほうはなんとなくわかるけど」
「ええ、あの光の正体。全然わからないわ。過去の似た事例も検証してみたけどどれとも違う。もはや数えることさえかなわない《戦い》の歴史において今更のように新術が発想されるなんてありえないわよ」
「じゃあ今までにもあったんやろ」
「ない、って言ってるでしょ」
「なにその矛盾」
「たぶん、着眼点が間違えているのよ。そこまではわかっているけど具体的にどう間違っているのかがわからない状態ね。一番厄介だわ」
「ふぅん。ま、教えるつもりはないけど」
「いいわよ。わたしも聞くつもりはないから」
「じゃあ男のほうが納得いかんのは?」
「あの、最後のほうで見せた動き。アレ、あいつの経験じゃないんでしょ?」
「や、どうやろ。たぶん、魔術やと思うけど」
「はっきりしないわね」
「て言われてもなァ……」
 情けない話だが、《オーラ》は内在型の《ブレイド》が内在状態で存在するからかろうじて使えるのだ。外に取り出せば《ブレイド》は使えるようになるが、《オーラ》は使えなくなる。体内にある《ブレイド》を媒介にしているから魔力を垂れ流しにするのに等しいような無茶ができるのだ。
 一方で男が使った縄は完全に魔術、それも魔力特性を利用したカタチとして編まれたものだ。《ブレイド》の介在しない、完全な魔術。現代日本人では到底できないはずの神秘をあの男は再現した。
 ようするに。
 《ブレイド見せられた魔法》は信じることができても《魔術見せられていない魔法》を信じるのは難しいということ。
 火を起こしたいならライターを使えばいいし、凍らせたいなら液化窒素でも持ってくればいい。科学を理解する者ほど『起こり得ないはずの事象』というものはイメージしにくく、またその存在を信じられない。それゆえにみかんたちは各々選んだ《ブレイド》たちがその『ありえない存在』を信じられるように接触を図る。
 たとえばみかんが《夢幻》を使って維遠と出会ったように。
 もっとも、維遠はどこかで科学を信じていない。そのことも手伝って比較的素直にこの状況を受け容れている。その寛容さこそが《オーラ》を扱えるようにしたと言っても過言ではない。
 そしてさっきのあの男に限れば小細工さえ不必要なまでに科学を信じず、不思議な現象を――すなわち魔法を信じていたということだ。
 だからすでに確認した神秘である《ブレイド》を媒介にせずとも魔術を扱えた。それはもはや妄信とさえ言えるだろう。
「あんだけの魔術を扱うだけの意志――ていうんか? がありゃ自分の魔力特性と無関係な魔術も使えると思うけど……」
 維遠自身はそれがどれだけ無茶であり無謀かわかっているから確信は持てなかった。
 魔術はどれほど精巧に編みこんでも勝手に魔力特性の方向へと引きずられる。対概念であるがゆえに、一方の方向性の魔術を編み込もうとしても逆方向へ引きずられることもあるのだ――と言うよりも維遠はそうだった。
 そのことを思えば《オーラ》をあれほど早く習得できたのも一種の奇跡と言える。
 ならば《恐怖》、あるいはその対概念と関係ないはずの格闘術を再現する魔術がそう易々と使えるのかどうか。
「まあ相手を《恐怖》させるって意味では格闘術も断然有効やけど」
「《完全切断》もあるからたしかに倍増ね……」
「ただ、まあ、できるかどうかは疑問やな。《ブレイド》が人格剣インテリジェンスソードやったんかもしれんけど」
「………………」
 それでみかんは黙ってしまった。その可能性を考えているのだろう。
「……う〜ん……でもあれは限定兵装だったと思うんだよねぇ……」
「ああ、それさっきも言ってたな」
「うん。アレの場合斬ることに特化した《ブレイド》だからね、そう言えなくもないの。まあ、限定って言うには範囲が広すぎるんだけど」
「そうなん?」
「ええ。本来なら『首を斬る』くらいに狭めないと限定兵装なんて言わないんだけど、って言うか、そうだと思ってたんだけど、案外普通の《ブレイド》だったからなぁ……」
「人格持ってる可能性もあるってこと?」
「限定兵装だった場合は人格なんていらないから。人格組み込むくらいなら限定した行動を実行させるプログラムを入れたほうが効率的じゃない?」
「? じゃあやっぱアイツのは人格持ってない?」
「限定兵装なのは間違いないんだけど……そのわりには大雑把だったからなぁ……」
 維遠にはみかんが何に悩んでいるのかわからない。
「えっと。結局みかんは何を悩んでんの?」
 ので率直に聞くことにした。
「維遠が強すぎるの」
「それはさすがにひどくないですかね」
 即答した。直感的にこれは賛辞に見せた疑念、むしろ否定だ。
 そんなことはありえない、という。
「でもね? 限定兵装ってそれくらい強いのよ?」
「そらまあ俺かて《オーラ》がなかったら瞬殺されてたと思うけど」
「そう。その《オーラ》がありえないのよ。魔術干渉を阻害するのは可能だけど、《ブレイド》の干渉まで通じないのはありえないのよ。それが魔術で、相手が限定兵装ならなおのこと」
「じゃあ魔術やなくて限定兵装やないんやろ」
「前者はともかく後者は間違いないわ。だから悩んでるのよ」
「あー……」
 なるほど、と納得してしまった。しかしみかんが納得できないなら意味がない。
「けどさ、《ブレイド》の場合、限定すんのって斬るか突くくらいやないん?」
「そうでもないわよ。受け流しとか、祓いとか、魔術媒介――……そか」
「?」
「『斬る』ことに特化したんじゃないだ。『斬られるという恐怖を見せる』ことに特化した限定兵装だったんだ」
「あー、ん、たしかに、あの縄に見せられた恐怖は斬られる系ばっかやったな」
 だからこそ耐えられたのだが。その程度、《ブレイド》選択の折りに見せられている。
「なら最後の体捌きもできなくはないわね。斬ることに特化したなら体系的な動きはむしろ余計だけど、そこから派生する恐怖がメインなら充分、剣術の動きは有効だもの。限定兵装は限定した目的に適合する魔術を補助することもあるから」
「剣術つか斬術ってカンジやけど」
「斬術?」
「あぁ、俺が読んでる小説に出てくる呼称」
「ふぅん」
「まあそれはともかく」
「ええ、あの男のほうの問題は解決したわ。剣士よりの魔術師型《ブレイド》だったってことね。それならまあ、あの男がわけのわからない魔術を使ったことも、維遠が《ブレイド》を防いだのもかろうじて納得できるわ」
 《完全切断》を完全に発揮するには魔術を頼る魔術師型よりも《ブレイド》を頼る剣士型であるほうがよい。《ブレイド》の能力をどれだけ発揮できるかは《ブレイド》をどれだけ扱えるかにかかっているからだ。おそらく男が剣士型であったのなら《オーラ》でさえも斬り裂いただろう。だが魔術師型であったがゆえに――やや矛盾するが――剣術の動きを魔術で再現できた。
「そらよか――」
「よくない。結局維遠の謎は深まったもの。あたしを助けたときといい、最後の連撃を防いだときといい、維遠の動きは異常よ。今回は一時的なものだったようだけど、あんなのどんな《ブレイド》の身体強化を使ってもありえないわ。一時でさえ、よ」
 そういうみかんの目は厳しい。本格的に疑っているようだ。
 それはそうだろう。男の、魔術による身体強化がデタラメなら、維遠の、《ブレイド》による身体強化も常軌を逸している。魔術オーラによる恩恵があったとしても、だ。
「ビルの倒壊に巻き込まれたくらいなら耐える《ブレイド》も魔術も存在するわ。瞬間移動も同じ。でも両方を兼ね備えた《ブレイド》なんてありえないわ。それも譲渡して三時間程度で発揮するなんてね。最後の動きもそう。《ブレイド》の能力に耐えるだけの魔術を起動しながらさらにその上から相手の魔術動きに対抗する魔術を重ねるなんてありえないのよ。正直なことを言うわ。――不安なの」
 目を伏せて言うそれは彼女らしからぬ弱音。
 まだたった一日しか付き合っていないが、過ごした一日が濃密過ぎて概ねどんな感じなのかはつかんでいる。
 みかんは基本的には自信家だ。誇るでも驕るでもないが、絶対的な自信を持っている。それが経験から来るものなのか、先天的なものかは判然としないが、自信に見合うだけの実力もあるのだろうと思う。単純に彼女の言葉には安心感があるのだ。
 その彼女が不安だと言うからにはそれは余程のことだろうと思う。
 そう、思う。
「それは俺の? それともみかんの?」
 しかしみかんは首を横に振るだけ。
「わからない。わからない、ただ漠然と不安なの。それが余計に――」
 くしゃりと音を立てるかのように頭をなでる。
 とても細くて柔らかな金色の髪。日の下で見れば輝くそれは、この空白の空間のどこから湧くかもわからない光をもつやつやと返してみせた。
「あ……」
「なに?」
 頭に手を載せられているので首を傾げられないみかんが表情だけで首を傾げた。
「いや、なんかノリで触ってもうた」
「……それはわたしには触れたくなかったのに、という趣旨の発言かしら?」
 見てわかるくらいに不機嫌に笑う。口が三日月型に――
「いやいやいや。むしろ俺が触ってよかったんかな、と」
「? さっきも抱えてたじゃない」
「あれは緊急事態やん?」
「どういう基準でそういうのを判断してるかしらないけど。わたしは全然平気。むしろ安心するからもっと触れててほしい」
「これが精一杯です!」
「ヘタレ」
「へーんだ! どうせチェリーボーイですよーだ!」
「…………。はぁ……」
「これ見よがしにため息つきやがって! いいよ! 下痢ツボ押してやる!」
 つむじがツボになっているというのは本当なんだろうか。
「大丈夫やって。たぶん」
 静かに。みかんに、なにより自分に言い聞かせるように。
「そこは絶対って言いなさいよ」
「じゃぜったい」
「……はぁ」
「ため息すんな」
 手を下ろして維遠もため息。
「で? 愚痴言うためだけに呼んだん?」
「それもあるけど」
 自分の頭を触りながらちょっと不機嫌そうに言った。
「私自身が維遠の《ブレイド》を試してみたくて」
「……?」
「普段のわたしたちは身体性能を抑えられていてね、死ににくさはそのままなんだけど、本来は《ブレイド》持ったくらいの人間ならタコ殴りにできるくらいには強いのよ」
「あーうん」
 知っている。《ブレイド》がそのようなことを言っていた。
「で、《夢幻》ならその制限が解除されるから」
「戦え、と」
「そこまででなくとも軽く手合わせ願いたいかな、って」
 言うや、あずま屋が消えた。代わりに荒野のような地面が広がる。
「どうせ維遠には夢だし、いいわよね?」
「いや、俺は……」
「大丈夫。《ブレイド》も魔術も現実そのままだから」
「いや、だから」
「気にしない気にしない。どうせわたしに一撃すら入れられやしないわ」
 それはそうだろう。
 なにせ彼女は――
「とりあえず……わたしも《ゴルゴダ》にしよっかな。名前がアレだけど、性能はいいわよねー。あ、《オーラ》も断ち切るつもりで使うから気を付けてね」
 とてもイイ笑顔で言った。斬首剣を持っていなければ可憐な少女の素敵な笑顔で済んだのに。
「百聞は一見に如かずって言うじゃない。聞く気はないけど、その《ブレイド》――とことんまで見せてもらうわよ!!」

        ‡

 結論だけで言えば十六回までは覚えていた。もちろん、みかんにバラバラにされた回数だ。《オーラ》ごと容赦の欠片もなく、四肢と胴体、頭に至るまでコマ切りにされた。
「痛い……」
 ――お前さんも大変だねぇ
「他人事か」
 ――他人事さね
「……さよか」
 ――どうするね?
「これはこれでためになるし続ける」
 ――ふむ ではこちらはこちらで続けよう
「あ〜……」
 ――お前さんも大変だねぇ
 内と外と。
 幾度死ねば――
 今、もう何度目かわからない死を体験している。

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