Heat battle beat

 言ってみれば魔力とは信念のようなものだ。
 心の力とは少し違う。
 例えば、心の力というのは「あれがしたい」「だれそれが許せない」「愛する人を助けたい」「死にたくない」など、主に意志の力、あるいは本能が命じるような行為を実行に移すための力だ。精神力と言い換えてもいい。理性であれ、本能であれ、脳の奥底から沸き上がる感情や情熱や欲望に対して与えるベクトルである。
 それゆえに『善』や『負』といった方向性を持ちえる。
 しかし維遠やレヴェッカの用いる魔力というものはもっと落ち着いた、ただただ『何かを考え想う』力を指す。
 それは徹底的に理性的であり、そうであるが故にヒトだけが持ちえる本能と言い換えてもいい。
 知恵を持つことで生存闘争に勝ち残った種だけが持つ、特権的な力。
 心の力をベクトルと言うのであれば、魔力はスカラーとでも言うべき、方向性を持たない量だ。
 そこに特性カラーを与えることで一定の方向性を持つ。
 誤解されることを承知で記せば、魔力とは『思考力』だ。
 特性によって与えられた方向に対して限りない思考、思索、そして想像を巡らせる。
 その思考の密度が高ければ高いだけ魔力としての量は増えていく。魔力を量として捉えていることで、『量』の『量』が増えていくことがイメージしにくいのであるならば、例えを変えよう。
 心の力は風船だ。空気を詰めれば詰めただけ膨らんでいく風船。空気は意志だったり感情だったり本能だったり、だ。この詰められた空気が心の力の『量』だ。
 そしてその風船はその口を開けば真っ直ぐに飛んでいく。だから口の方向によっては、『善』の方向へ飛ぶこともあれば、『負』の方向へ飛ぶこともある。これが『方向』だ。
 魔力は蓋が閉じられたまま開かない箱だ。どんなものでもどんな量でも詰め込められるけど、決して大きさの変わることのない鋼の箱。動いたりはしないから『方向』はない。大きさが変わらないから『量』も一定。
 でも中には玩具だったり食べ物だったり水だったり空気だったりが入る。この中身の種類が『特性』だ。《恐怖》や《減衰》のことだ。
 問題は蓋が開かないから普通では中に入れられないこと。この、『箱の中にものを入れる方法』が『中に入れるものを考えること』で、だから『思考』すればしただけ箱の中に入っていく。なぜならば、この箱には、どんなものでも、どんな量でも詰め込めるのだから。
 この、『中に入ったもの』の『量』が“魔力量”だ。
 だけれど箱の中に箱の大きさ以上の量が入っていると、溢れようとするのは現実の箱でもこの箱でも同じことだ。
 だから元々の箱の大きさはできれば大きいほうがいいし、小さいなら小さいで丈夫なほうがいい。
 無理をすれば箱が壊れてしまうから。
 だとすれば。
 今、画面の向こうで戦う二人の箱は異常極まりない。

 片や入れても入れても満ちることのない巨大な筐。
 片や入れても入れても軋むことのない、金剛の匣。
 維遠の魔力量が膨大なら、レヴェッカの魔力量とて莫大だろう。
 むろん、性質が違えば、一度に使う量も違う。そも、箱の中にどれだけの中身が入っているかなど、開けて見るまでわかりはしない。
 それでも二人の魔力量は基準値を大きく逸脱している。
 通常の《ブレイド》の持つ魔力量を一とすれば、昨日維遠が戦った、魔術師型として優秀だったあの男は十五〜二十の魔力量があった。
 その男に十倍と言わせた維遠は、しかしすでに四百近い量を吐き出している。
 維遠の十に対して一で対抗するレヴェッカですら四十は使っている。
 それぞれの箱の大きさを理解しているシィカは驚嘆を超え、愕然としていた。
「一体……」
 レヴェッカがそれなりの魔力量を保有していることは幾分理解できる。これでも数年共にいる仲だ。自分の予想より多くて、驚きはしても怖れを抱くことはない。
 だが維遠はさらにその上を行く。
 否、量が多いことはそれほど問題ではない。箱の大きさがそれなりであれば、それに引きずられて魔力量が増えることもある。――箱の大きさの異常を見逃すことになるが、この際それは小事だ。
 問題はむしろそんな魔力量に耐えていることだ。
 レヴェッカの四十という量ですら限界を超えているのだ。
 四百など、ありえない。
 しかも今なお消費し、五百に手が届こうとしている。
「命霞さん……あなた……」
「わたしだってわかっていないわ。正直ね、魔力量なんてもはやどうでもいいくらい維遠は異常なの。あなた――維遠の《オーラ》の正体、わかる?」
「え……?」
 あれは魔術だろう。当人が言っていたのだから――
「え?」
 我が目を疑う。それを見逃していたことも、それが目の前にある事実も、信じられないくらいに。
「あんなもの――」
                         ・・・・ 
「そう。ありえるはずがない。だってアレを使えるのは天使だけですもの」
「じゃあ、神園様は天使……そんなわけない」
「ええ、そう。そんなわけないの。だって《ブレイド》は人間から選ばれる。それに例外はない。当然、天使と人間のハーフなんてイレギュラーでもない。彼は完全に人間。だから問題があるとすれば」
「《ブレイド》のほう」
「ええ。でもわかるのは内在型パラサイトってことだけ」
「神園様も!?」
「え?」
「お嬢様も内在型です……ただ、それほど危険なものではないようですけど……」
「内在型の《ブレイド》は旧世代の天使の遺物である場合がほとんど。わたしもその世代の天使だけど……」
「わたしもかなり古い世代の天使ですけど、旧世代の方にお会いするのは初めてですね。それもこちらで」
 少しだけ畏まる。年功序列ではないが、旧世代など天使にとってさえ神話や伝説の領域だ。
「ま、わたしはワケありだから」
「それはわたしもですけれど」
「……お互い古い世代でワケありか」
「しかもその《ブレイド》がそろって内在型……」
「偶然ってことはないでしょうね」
「命霞さんはこの戦いのこと、なにか知らないんですか?」
「知ってるわ。由来から正確なルールに至るまで。けれどその中にもそんな情報はないのよ」
「《ブレイド》に関しても?」
「ない。だから悩んでいるのよ……」
 それなりに経験を積んでいるシィカよりもさらに上を行くみかんにわからないものがシィカにわかるはずもない。
「……でも、結局」
「そういうことはこいつらには関係ないってことよ」
 二人並んで画面の向こうの二人を見る。
 激闘を超えた死闘を演じる《ブレイド》が二振り、剣戟を交わしていた。

        ‡

 偶然に助けられたことがあるとすれば。
 それはこの死闘が殺し合いではないことだろう。
 一歩、否、半歩間違えただけで血の海に沈める戦いの場は、剣戟の苛烈さに目を奪われるが、その実とても穏やかな時間が流れていた。
 充実と言い換えてもいい。
 互いが互いの全力を尽くしながらなお、お互いに相手を鎮められずにいる。
 一撃一撃が必殺のレヴェッカに対し、一挙手一投足が鉄壁の維遠。
 対照的な攻守を魅せる二人はしかし、非常に危ういバランスの上に立っている。
 互いに殺す気はない。さりとて手を抜く気もない。死に至ったとすればそれは――
「己の実力不足、か……」
 不意打ちめいた二刀目の一撃を躱し、再び膠着しておそらく十分近い。
 慣れたもので、維遠はすでに飛んでくる刃を受け止めることに成功している。それを振るって次の一撃を弾いているのだが、
「チ……」
 パキン、と砕ける音を立てて、手からこぼれ落ちる。
 維遠の手に渡った時点で魔力が切れている。レヴェッカが任意でしているのか、自動でそうなるのか不明だが、ともかく。
 《減衰》の前では魔力の通わない《ブレイド》など、多少丈夫な金属と変わりない。数撃当てただけで脆くも崩れてしまう。
 状況はかなり悪い。それはお互いにそうなのだろうが、防御に努める維遠は下手に反撃に出られない分、打開策が立てにくい。
 弾き、躱し、喰らいながら、動き回り、現在は森の中ごろで立ち往生している。
 すでに維遠の前に立つ木は一本もない。全て倒され、穿たれ、木片と化している。
 そうやって自ら作り上げた木片を巻き上げ、それすらも当ててくるのだから、下手をすれば刀身それ自体の跳弾で狙ってくる可能性もある。そうでなくても特性がなんであるのかまだ把握していないのだ。維遠を相手にしている彼女ほどではないだろうが、正体不明の相手と戦うのはかなり疲れる。
 できれば早めに不明なところ――特性を掴んでしまいたい。
 昨日は結局《ゴルゴダ》の特性がわからないまま勝ってしまった。が、能力に近い特性もありえるのならば、早い内に確認してしまったほうがいいのは間違いない。もしくは昨日と同じく、判明する前に倒してしまうか、だ。
 だがそれは無理だろう。懐に入るだけでも一苦労なのだ。下手に近づこうものなら一刀のときの五倍近い量の刃が飛んでくる。
 昨日の男と比べれば格段に相性が悪い。ただでさえ《ブレイド》が使えないのだから。
 朱色を弾き、緋色を絡め取る。緋色の刀身で以って朱色、緋色を捌き、手にした刃は折れ、すぐさま朱を弾く。
 さっきからそれの繰り返しだ。
 ここ数分ダメージは喰らっていないが、下手に膠着しているために集中力が下がってきている。
 そろそろレヴェッカのほうで動きが――
「!!!」
 背後から奇襲じみて、弾丸の如く、迫る刃!
 それを肘で防ぎ、意識がそちらに傾いた一瞬の隙、秒間四十を超える朱色と緋色が、波濤、怒涛となって維遠に押し寄せる!!
「くっそッ!!」
 回避も防御も間に合わず、濁流に飲まれる――!!

 彼方で赤い奔流に飲まれる維遠を見て、手を緩めども、しかし先ほどのように止めなかった。微光めがけて《ブラックドラグーン》を振るう。
 気を抜いて戦える相手ではない。
 二刀どころか特性まで使おうとは予想しなかった。下手をすれば最後のカードも切らねばならないだろう。
 肩で息をしながら油断なく相手を見据える。撃ち続ける間に光が見えなくなるが、構わず撃つ。
 気配が残ったままだ。距離にして五十メートル以上。それだけ離れていながら維遠のあの魔力は気配を感じさせる。
「言いたくはありませんが……化け物じみていますわね」
 レヴェッカですら常人の比ではないが、維遠はさらにその十倍以上。もはやこの二人にこれまでの《ブレイド》としての常識など通じようはずがない。
 あるいはこれこそが内在型パラサイトの真実危険なところかもしれないが、維遠にも彼女にも関係はない。
 今は目の前の敵を打ち倒すのみ。
 巻き上がる土煙の向こうを見つめる。
 《ブラックドラグーン》の特性は朱、緋それぞれの刀身がそれぞれに引き合うことにある。それゆえに、オーバーランした刃も帰ってくることができる。
 先ほど、維遠の注意を逸らした背後からの一撃もそれを利用したものだ。
 だが次以降、維遠にそんなものは通用しないだろう。だとすれば次の一撃はもはや最後のカードしかない。
 だがあれは魔力の消費がすさまじい。できればこのまま倒れてほしかった。
 しかしそんな後ろ向きな願望が叶うわけはなく――
「な……!!」
 土煙の向こうの空から木が数本、こちらに向かって落下しようと空を切っていた。
「莫迦じゃありませんの!?」
 淑女らしからぬ罵倒を口にしながらそちらに射角修正、撃墜――否、粉砕にかかる。
 だが。
 砕かれた木片が掻き鳴らす足音が維遠の接近を告げている!
 解いたのか解けたのか、《オーラ》をまとわず走る維遠。
 身体強化は効果を発揮していないようで、こちらに到達するにはまだ十秒近くかかるだろう。
 しかし上空の木々の粉砕にかかる時間もまた同程度。
 まさか。
 まさか、最後のカードを防御で使うことになろうとは!!!
「上等ですわ――」
 覚悟を決め、この世でただ一つ、彼女だけが扱える呪文を口にする。

 名も無き花よ 散りて尚咲き誇れ

―― Black Dragon comes under the moon.

 放たれていた朱が、緋が、黒の剣と化した瞬間――
 目に見えぬ極小の刃がそこから放たれた――!!!
 それは針にも似た小さな小さな、一寸法師が持つかのような、小さな舶刀。
 そう。
 《ブラックドラグーン》の能力は《刀身の射出》である。
 そして二刀一対の《ブレイド》である。
 それは左右の二刀を示す語であり、大小二つの刀身を指す語でもある。
 あらゆる局面に於いて二段階に構える――それこそがこの舶刀の本質。
 そしてそれは《ブレイド》の主たる彼女にも言えること――!!
 一箇所にとどまっていたレヴェッカは維遠に向かって駆け出す!
 文字通りの剣の雨を頭上の木々に降らせ、巨大な塊は文字通りに粉砕された。風に流された粉は煙となって視界を閉ざし、二人の位置関係は茫漠とする。
 しかし彼女は関係ない。無限と言えるだけの連撃を辺り一面に撒き散らす!
 ただそれだけ。
 煙に紛れ、特性をフルに使って位置を特定させず、辺りに乱射する、ただそれだけで維遠は手も足も出ない。
 元より彼に遠距離攻撃はない。己の身に降りかかる嵐は、止むまで耐えるより手段が無いのだ。
 十秒もそうしていただろうか。
 あらゆるものが限界に達した彼女はついに手を止めた。
 粉を被ったレヴェッカは、銀の髪も、赤いドレスも、全て白っぽく、埃まみれになっている。
 しかし気にしている余裕はない。
 額に玉の汗を浮かべ、肩で息をし、途切れ途切れの呼吸の合間に喘ぐ。
 限界などとうに超えている。しかし倒れるわけにはいかない。
 維遠が倒れているのを確認するまでは倒れるわけにはいかない。
 魔力は感じられない。空になったせいか、感覚がおかしくなっているのか。
 そも、最後のあの手、魔力行使に不要なはずの呪文の詠唱を使ってまで放ったあの一手は、まだ完全には扱いきれていない。今のでかなりコツを掴んだが、もはや撃つだけの魔力も体力も残っていない。
 彼方を見やる。
 木製の霧が晴れる――
「――お互い、あんまり余力はなさそうやな」
 意外なほど近くで、汗にまみれながら、埃にまみれながら対戦相手の少年は笑って立っていた。ハイになっているのだろう。
 レヴェッカも笑い出しそうなのだ。
「存外、しぶといのですわね」
「それだけ、ってほどでもないけど、数少ない取り柄なんで」
「ええ。これだけの意志があれば大抵のことはこなせますわ。どれほど時間がかかろうとも」
「それは……」
「けれどこの戦いにおける勝利は諦めなさい。わたくしが立ちはだかる以上、どれほど時間をかけようともあなたに勝利は訪れない」
「いやいや。それは終わってみるまでわからへん」
「そう。ま、当然の回答ですわね」
「そっちこそ、もう能力は使われへんやろ。棄権したら?」
「それはあなたとて同様でしょう。いいえ、《ブレイド》を使えないあなたが、《ブレイド》を持つわたくしに勝てる道理がありませんもの。射出できなくとも振るえますし、刀剣とは本来そういうものですわ」
「こんだけボロボロにしといてよー言うなぁ……」
 辺りを示すように肩をすくめた。
 平坦にならされた部分の森はほとんど伐採され、残るは斜面になっているところだけ。実に三分の一は荒地となっている。
 やりすぎた感は否めない。
「それで? 本気で《オーラ》なしで戦うおつもり?」
「ま、ほんまに出せへんかどうかは試さんとわからへんで? 昨日も最後は騙し打ちやったしな」
「なるほど。大木を投げるほどの膂力があなたにあるとも思えませんものね。見せた魔術が《オーラ》だけとは限らないということですか」
「ソいうこと。そやなァ……たとえば、《オーラ》の能力が『外界との遮断』やったとしたら」
「身体能力の向上は別魔術……? まさか。内在型の《ブレイド》は代償が重い代わりに性能は同じ代償を持つ外在型よりもいいはずですわ! たとえ具象化していずとも身体強化の恩恵は受けられるはず! まるで魔術によるものであるかのように言うのはおよしなさい!」
 レヴェッカの激昂ももっともだ。
 《ブレイド》による身体強化があるせいか、魔術による身体強化はかなりむずかしい。だからこそ昨夜の男はすさまじかったわけだが、それさえも維遠は圧倒したのだということをレヴェッカは知らない。
 もっとも、《増強》を用いてさえ上手くいかない八つ当たりもあるのだが。
「なんや。内在型なんはバレてたんか」
「わたくしもそうですから」
「それは気付いてたけど」
「……ともかく」
 すさまじい慧眼だ。
「駄弁ってたお陰で体力も戻ってきたし」
「そうですわね」
「ま、一つだけ言うとくと、身体能力の向上を受けてるからって木ぃ引っこ抜いて投げるんは無理やと思うで? 月影さんの《ブレイド》がどうか知らんけど」
 言ってバックステップで距離を取った。
「ま、適不適はなんにでもあるもんやし――」
 不躾だとは思ったが、攻撃を――《刀身の射出》を行った。
 自分で思っていた以上に疲弊している。正直、気を抜いた瞬間に意識が飛ぶだろう。
「はぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁ!!!!!」
 連撃! 連撃! 連撃!
 奔流を思わせる攻撃は――

 《オーラ》を使う余力はない。
 だからもう一つの魔術――《エンハンス》で以って。
 ――紙一重で避ける。
 隙間を縫って歩き出す。ゆっくり、ゆっくりと。
 この魔術は不完全だ。《オーラ》も不完全だが、こちらはそれよりも使えない。
 《オーラ》を使いながらの行使では数秒が限界。みかんが関わればかなり無茶ができるが、そうでない場合は本当に、騙し騙し使うしかない。
 だから実はかなりいっぱいいっぱいだ。精一杯の演技で余裕っぽく見せているが、騙せているか自信がない。
 距離が近づくにつれ回避が難しくなる。
 それを気合――そう、本当に魔力でもなんでもなく、ただの気迫と根性、己の意志だけで、躱し続ける。
 強化しているのは視力と反射神経、それに耐えうる筋力。
 全体的な強化はたしかに《ブレイド》がしてくれている。しかしレヴェッカの攻撃はそれだけでは避けきれない。おそるべき攻撃である。
 膠着した戦いはお互いにそろそろ命に関わる。急がないとみかんが動き出すだろう。
 ――あと、十歩。
 ところどころ掠っていく。じんわりと熱を感じるが、痛いのかどうかはすでにわからない。疲れすぎた体は感覚が鈍い。
 本当は掠ってなどいなくて、持って行かれているのかもしれない。
 ――あと、五歩。
 遠い。わざわざ正面突破する必要はない。けれど、
「………………」
 背面に回るリスクを犯す必要もまたない。
 ――あと、三歩。
 サイドステップを組み合わせながら――
「失礼」
 一気に詰め寄り、両手首を押さえた。
 驚きと納得の顔。微笑を浮かべて。
「…………参りま、」
 したわね、なんて軽口を叩くはずだったのだろうか。
 レヴェッカは言葉の途中で気を失った。
「あー……」
 勝ったかどうか確認したい。
 しかし。
「ムリ」
 また力押しだったなァ、なんて思いながら維遠も気を失った。

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